割ぎっちょの皮目は絶対に向こう側

茶道

お茶を習っていると「これって何でこうなっているんだろう?」と不思議に思う事がいくつもあります。

その場で先生に教えていただけることもあれば、結局調べてもよく分からないことも珍しくありません。

そんな疑問を抱き続けていると、ある日突然「こういう事だったのか!」という『自分なりに納得のいく答え』に出会う瞬間が、稀にやってきます。

この瞬間の知的興奮の度合いと言ったら、静かな茶席の中でも思わず「そうだったのか!」と叫びたくなるほど。笑


先日、炭手前を拝見している時の事です。

炭手前とは、茶釜の湯を沸かすために炭を足す仕草をお作法にしたもの。

炭取(すみとり)と呼ばれるカゴのようなものに、決まった形の炭を、決まった分量だけ、決められた形でカゴの中に仕込みます。

この決められた形で、「割りぎっちょ」と呼ばれる半分に割った炭の置き方を迷うことがありました。

縦に割った炭なので、切断面の部分と樹皮が残る皮目の部分があります。

これをどちら向きに仕込むか、その向きがハッキリ覚えることができておらず、いつも不確かな記憶を頼りに仕込んでおりました。

そして直近のお稽古で、先輩が炭手前をされているのを拝見した時に、その気づきの瞬間がやってきました。

それは、「客の目から見て皮目(樹皮)が見えるように炭を仕込むのが正解」だということです。

何故そう感じたかというと、客の立場から見て「炭取の中が見えた時に、皮目(樹皮)が見えた方が美しい」と感じたからです。

もちろんこれが「本当の正解」かどうかは分かりません。

正確に表現するならば、正解を見つけたというよりも、実際に目の当たりにしたところから「こう考えるのが最も自然だ」と思ったに過ぎません。

しかしこの気づきによって、「割ぎっちょ、どちら向きか問題」は個人的な解決に至ったのです。

そうだったのか!こういうことだったのか!という喜びと驚きは、与えられて得られるものではありません。

昨今のAIのように、分からない事を何でも教えてくれるのは大変便利だし、ありがたい事であるのは間違いありません。

人は誰しも、よく分からない事よりも分かりやすい事を好みます。

しかし、よく分からないことを温め続けてハッとある瞬間それに気づいたときの喜びはまた格別なものがあるものです。

今回気がついたのは数ある点前作法の中のほんの一部分に過ぎません。

そもそも炭手前で何故割った炭を使うのか、なぜこのような炭のバリエーションになったのか、他の疑問は尽きません。

茶道の世界にはこのような疑問が山のようにあります。これは、そんな知的興奮を味わうのが好きな人にとっては文字通り宝の山です。笑

汲めども尽きぬ興味の源泉。

これだからお茶は辞められません。

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