焼き芋をつくろう
日曜日の朝。子供にせがまれて焚き火で焼き芋を焼くことになりました。
焚き火をするのは大好きですし、この日は特に予定もなし。おまけにポカポカの小春日和。
焼き芋を焼くのにうってつけの日です。
焚き火と音と時間
炎は育てるもの。火を起こすために薪をナタで細く割ります。よく乾いた木を叩き割る音は硬く響いて耳に心地よいです。
音に集中していると次々と薪を割りたくなってしまいますが、薪には限りがあります。名残惜しさを感じながら薪割りを切り上げて、バーナーで火をつけます。
炎が安定してきたら、大きな薪をくべてゆき、焚き火を少しずつ育てていきます。

いきなりこの状況を作ろうとしても上手くいきません。多少の効率化はできるかもしれませんが、大きな薪に火を移すには必ず時間が必要なのです。
パチパチと勢いよく焚き火の爆ぜる音は景気が良く、気持ち良いものですが、芋を焼くには温度が高すぎます。火が落ち着くまでしばらく待ちます。
芋を投入
焚き火の勢いが衰えてきたら、焚き火の中に芋を入れます。

今回焼く芋は球体に近い、特大のサツマイモ。うちの畑で採れたものです。こんな形の芋は流通に適しませんので、店先では手に入りません。しかし、いろんな形があるのが実際の野生の姿です。自分で作ってみると、市販の野菜がいかに上手く管理されているかを感じます。
手頃な大きさの芋なら1時間程度で焼けるのは過去の経験から分かっていますが、今回のは普通の倍近い大きさなので、倍の時間、火の中に置いておこうと思います。
冬の野鳥たち

火が落ち着いてくると、そのほかの音がよく聞こえてきます。特にやかましいのは野鳥たちの声。
何もそんなに大きな声を出さずともと思うほどヒーヨ!ヒーヨ!と絶叫するヒヨドリ。
やや低めの控えめな声量だけれどもチチリチリチリ、チュチュリ、チュリチュリと可愛く鳴き続けるメジロ。
メジロとヒヨドリが交互に庭のみかんを啄んでゆきます。
更にバックコーラスにやや遠くの方からヒバリやキジバトの声がして、野鳥の声の尽きる事がありません。ヒトより鳥の方が多い我が地域。
もう少し冬が厳しくなってきたら、バードバスや、バードフィーダーなど、鳥たちの憩いの場を作りたいと思います。
子守と時間
芋を火に入れて1時間。わずかに焼き芋の匂いが漂い始めてきて、子供たちが早く食べたいと騒ぎ出します。妻に買い出しを頼んでいますので、8歳と3歳の子守りをしながらの焼き芋です。

まだ食べられない芋を見るのに飽きて、庭を駆け回りはじめた兄弟たち。
長男が息を切らせながら「効率よく早く走れるようになる方法はないか」と尋ねられました。
トレーニングの方法は色々とあるとは思いますが、どんな方法であれ、身体を激しく動かすトレーニングにある程度時間をかけなければならないでしょう。
何かしようと思ったら、芋を焼くのと同じように、時間をかけなければならないのだと話しました。
これは長男の問いに答えているようで、自分自身が最近よく考える事でもあります。
時間をかけるということは、その瞬間瞬間に集中力を注ぎ込み、それに使っていくということです。
子育てには果てしない時間を要しますが、まだ来ない先の未来や既に通り過ぎた過去にも捉われずに、瞬間瞬間に集中することが大事だと最近思うようになりました。
限りある時間の使い方
芋を焼くことに集中すると色々なものが見えて、聞こえて、香ってきます。

普段は惰性でボーッと生きていることはないかと反省せざるを得ません。
今日と同じ明日が来る保証はどこにもなく、いつか明日が来なくなる日が来ることだけは確実です。
有名な禅の話で、とある高僧が庭で焼き芋をしている時に皇帝の家来がやってきて呼び出しを受けましたが、全くそれに取り合わずに芋を焼き続けたというエピソードがあります。
実に味わいのある話だと思います。
ひとつひとつを丁寧に、一生懸命に。
焼き芋完成
さて2時間かけて焼いた焼き芋の出来はというと。

火力が強かったか、焼き時間が長すぎたか。明らかに焼きすぎでした。笑
当たり前のことですが、単に時間をかければよい、というわけでもないのです。
集中しているつもりで、雑念だらけでした。笑
食べられるところだけ取り出して、いただきます。

芋ひとつ満足に焼くことのできない私。
まだまだ修行が必要です。
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